2020/07/10(金)

14時09分28秒

The ST

世界の出来事を独自の見解で読み解く 刺激的金融ブログ

検索

ドル/円

習近平が香港国家安全維持法を強行施行した「最大目的」とは?

| 中央銀行・金融情勢・提言編 | 政治・政策提言 | 株式編 | 米国 | 経済編 | 中国 | 2020年7月10日 |

 中国政府が香港国家安全維持法を強行施行してから10日が経過した。7月8日には同法の執行機関である「国家安全維持公署」が香港に開設され、いよいよ中国政府による実質「直接統治」が始まった。

 これで2月に交代していた夏宝龍・国務院香港マカオ事務弁公室主任(中国共産党香港・マカオ行政トップ)、駱恵寧・国家安全維持委員会顧問、そして鄭雁雄・香港安全維持公署初代署長(香港常駐トップ)と、習近平側近で超強硬派のトップ3が揃ったことになる。
 
 掲題にあるように習近平が、どう考えても中国経済とくにドル資金導入に大きなマイナスとなる香港国家安全維持法を強行施行した「最大目的」は、当初考えられていた香港の民主化運動を抑え込むことではなかったようである。傲慢・尊大・経済オンチの習近平は、ハナから香港の民主化運動など恐れていなかったはずである。

 習近平の「最大目的」とは、以下の2つであると考える。

 1つ目は、習近平の共産党内での地盤強化のため、とくに香港に依然として強大な利権を維持する江沢民派の不正を炙り出し、その在外資産を没収することである。逆に言えば香港国家安全維持法とは、江沢民派との権力闘争に完全に勝利するための「方策」で、明らかにその経済・金融面のデメリットを軽視していることになる。

 またそのためには中国の外貨(主にドル)資産と決済システムが世界中で凍結されないことが前提となる。習近平はポンペオ国務長官あたりが警告する香港国家安全維持法の策定・執行に関わった共産党幹部とのドル取引全面的禁止など実現不可能とタカをくくっているのである。確かに大統領選を控えたトランプの頼みは中国への農産物を含む輸出の急拡大で、その中国をやたら過激策で刺激することはないかもしれない。今のところトランプ大統領の動きの鈍さを見れば当たっているようにも思える。

 2つ目はもっと過激で、習近平は香港の金融センターとしての機能を直接的に取り込めば中国全体が香港と同等の機能を持つようになると考えているようである。そうすると香港の中央銀行に相当する香港金融管理局も、ドルとの交換性が「今のところ」維持されている香港ドルも不要となる。その結果(さすがにすぐではないものの)香港金融管理局が保持する4400億ドルの外貨準備は不必要となり中国政府が召し上げ、ドルにペッグされた香港ドルの役割は低下してローカル通貨となり、やがて人民元が国際通貨となりドルやユーロと並ぶ国際通貨の一角を占めることも考えられる。まさに金融市場における「一国一制度」となる。

 大統領選挙までのトランプさえ押さえこんでおけば11月の大統領選では親中国のバイデンが新大統領となり、中国と米国の間のギクシャクはかなり解消され中国ペースに戻れると習近平は考えており、残念ながらその確率も高い。つまり習金平の傲慢・尊大・そして経済オンチの予想は実現可能のように思える。

 しかし中国の足元も経済状況は予断を許さない。もともと中国経済とは貿易収支を中心とした経常収支の黒字と、海外からの積極的な直接投資・株式投資による潤沢な外貨(主にドル)を政府が一元管理して中国人民銀行が積極的な信用創造を行い未曾有の経済発展を遂げてきた。

つまり中国経済は常に外貨(ドル)が流入していなければ拡大できないことになり、その外貨準備は香港が返還された1997年の1464億ドルから、2014年6月の3兆9932億ドル(史上最高額)まで27倍になる。ちなみにその間の中国の累計経常黒字は約2兆5000億ドルであるため、外貨準備の増加のほうが1兆3500億ドルほど多い。つまりこの間中国経済は経常収支の黒字と海外からの資本流入で「ドルが有り余り」、それを基に信用創造して国内に潤沢な人民元を供給していたことになる。

 その間の人民元レートは、1997年の1ドル=8.28元から2014年1月には1ドル=6.03元まで上昇し、預金準備率も20~21%と、むしろ信用創造にブレーキをかけていた。つまりこの辺までの中国経済は順風満帆だったことになる。

 しかし2012年11月に国家主席となった習近平は徐々に李克強から経済政策の実権を奪い貿易振興のために人民安政策に転換する。人民元レートは2014年1月の1ドル=6.03元から2016年12月には1ドル=6.94元まで下落し、その間の外貨準備は3兆105億ドルまで約1兆ドルも減ってしまった。2019年12月末の外貨準備も3兆1079億ドルなので、依然としてピークの2014年6月から約9000億ドルが減少している。

 ところがその間の中国の累積経常収支はまだ1兆500億ドルの黒字であるため、差し引きでこの間に約2兆ドルの外貨が流出していることになる。ところが海外からの直接投資や中国の株式投資による資金流入はまだ高水準であるため、中国国内からの合法・非合法の資金流出が「それ以上に」高水準であることがわかる。

 そうこういっているうちに2020年1~3月は経常収支そのものが279億ドルの赤字になってしまった。つまり中国の「ドルを溜め込んでそれを基に信用創造して高い経済成長を遂げるとの成長モデル」がすっかり崩壊していることになる。その理由の大半は習近平の経済オンチによるものと考えてよい。

 その習近平が強引に施行した香港国家安全維持法は、中国政府がまだ基軸通貨のドルを自由に中国内の信用創造あるいは海外資産の自由な売却ができるとの前提に立ち、さらに近い将来的には香港の金融制度を取り込んだ中国全域における人民元による国際金融システムが構築できると超楽観視していることになる。

 成功する確立は大変に低いが、もし親中派のバイデンが大統領となれば「何とかなる」のかもしれない。

2020年7月10日